よ坊さん20周年記念企画×東寺
スペシャルインタビュー
2006年の誕生以来、「予防歯科」の大切さを伝えるため、
全国を行脚してきた日本歯科医師会公式キャラクター「よ坊さん」。
20周年を記念し、ついに“大先輩”である京都・東寺の橋本尚信長者を訪ねました。
今から約2500年前のお釈迦さまの教えから現代の予防歯科まで――「お坊さん」と「よ坊さん」が語り合う、
ちょっと意外で、とっても深い、歯と健康と幸せな生き方をめぐるスペシャル対談。
そこには人々の幸せを願う「祈り」と、苦しみを未然に防ぐ「予防という智慧(ちえ)」がありました。
東寺 橋本尚信長者に聞いた、
「仏教」と「予防歯科」の意外な関係
空海弘法大師ゆかりのお寺「東寺」は、病を癒す仏さま「薬師如来」をご本尊とし、「歯痛の神さま」として親しまれる「夜叉神(やしゃじん)さま」が祀られています。
国家を護るスケールの大きさと、個人の歯の痛みを救う身近な優しさ。なぜ東寺には「歯」にまつわる信仰が息づいているのでしょうか? 橋本尚信長者に「仏教と予防歯科の意外な関係」をお聞きしました。
※対談者のプロフィール等の情報は、2026年10月現在のものです。
真言宗総本山 教王護国寺(東寺)
第258世長者
橋本尚信(しょうしん)大僧正
神奈川県小田原市生まれ。1967年に高野山真言宗総本山金剛峯寺で得度を受ける。2024年に第258世長者・東寺真言宗第4世管長に就任。主に伝統の「護持」と「継承」に軸足を置いている。
日本歯科医師会公式キャラクター
よ坊さん
出身地は、予防山(よぼうさん)。2006年8月20日に袈裟を纏ったお坊さんモチーフのキャラクターとして誕生。以来、20年以上にわたり、予防歯科の大切さを伝えるため、全国を行脚し修行を続けている。
もくじ
ご本尊は病を癒す仏さま「薬師如来」
はじめまして。日本歯科医師会PRキャラクター「よ坊さん」と申します。日本中の皆さんに「歯と口の健康」の大切さを伝えて、今年で活動20周年を迎えました。
よ坊さん、20周年おめでとうございます! 全国を巡って歯と口の健康を啓発されている姿は、まさに「歯科界のお坊さん」ですね。東寺へようこそお越しくださいました。
東寺は「教王護国寺」ともいわれ、五重塔でも有名ですよね。あらためてどんなお寺なのか教えていただけますか?
東寺は794年の平安京遷都の際、都と国を護るための官寺(国立の寺院)として建立されました。その後、嵯峨天皇から唐で密教を修めた空海弘法大師に託され、真言密教の根本道場となったお寺です。
そして最初に建立されたお堂(金堂)にいらっしゃるご本尊が「薬師如来(やくしにょらい)」さまです。
薬師如来さま! お名前に「薬」という字が入っている仏さまですね。医療と関係あるのですか?
いいところに気がつきましたね。サンスクリット語では「バイシャジャグル」、英語では「Medicine Buddha」と呼ばれ、文字通り「医薬の師」という意味を持っています。人々の「病気平癒」と「心身の健康」を叶えるため、古くから深く信仰されてきました。
国家の平安を祈る東寺のご本尊が「病気を癒す仏さま」であることは、人々の健康こそが国の基盤であるという古代の思想の表れでもあります。
「歯痛の神さま」のいわれと歴史
今回、「医薬の師」である薬師如来さまにお会いできたのも感動ですが、実は東寺には「歯痛の神さま」もいらっしゃると聞いて飛んできました!
それはよくご存知ですね。「夜叉神(やしゃじん)」さまですね。以前は、東寺境内の2つの小さなお堂にお祀りしていましたが、今は宝物館に安置されています。写真をご覧になりますか?
わっ! ものすごく怖そうなお顔の鬼神さまですね……! なぜこの神さまが「歯痛」と関係しているのでしょうか?
夜叉は仏教が生まれる前から、バラモン教をはじめ古代インドの伝承に登場する鬼神の総称です。平安時代以前から、東寺以外でもお寺を護る神さまとして多く祀られていました。それがなぜ「歯痛の神さま」になったのか? 一説には、「かつて東寺で修行中のお坊さんが激しい歯痛に襲われ、夜叉神さまに必死にお祈りしたら痛みがピタリと治まった」という逸話がきっかけともいわれています。それが民間信仰となり「あそこにお祈りすると歯の痛みが治まる」と広まったのでしょうね。 夜叉や羅刹などの鬼神は、守護神となれば強力な味方であり、かつ人々にとっては天上の神々よりも身近な存在ですから、日常の様々なことにお力を貸していただける、という感覚があったのではないでしょうか。歯の痛みは、その最たるもののひとつだったのかもしれません。
なるほど、昔は歯医者さんもいないですからね。当時の人は、歯が痛いときは、祈るしかなかったのかもしれません。
そうかもしれませんね。実際に現代でも「どうにも歯が痛くて夜叉神堂でお参りしたら痛みが治まった」という体験をされた方もいるようです。東寺には他にも、「撫でると身体の悪いところが治る」といわれている神獣「贔屓(ひいき)」の石像や「天降石(てんこうせき)」もあり、皆さん健康祈願に訪れています。2体の夜叉神さまにお会いしたいなら、春と秋の宝物館特別公開のときに来てください。ぜひ多くの方にお参りいただきたいですね。
お釈迦さまも推奨していた歯ブラシのルーツ「歯木」
「歯痛の神さま」の存在にも驚きましたが、実は仏教の教えそのものも「歯や口のケア」と深い関係があると聞いて、とても気になっています。
実は約2500年前のお釈迦さまの時代から、修行者にとって「口腔ケア」は生活習慣の基本だったのですよ。
ええっ! 2500年も前からですか!? 当時は歯ブラシなんてないですよね……。
もちろんナイロン製の歯ブラシはありません。代わりに使っていたのが「歯木(しもく/しぼく)」という木の枝です。枝の先端を噛んで繊維をほぐしブラシ状にして、歯を磨いたり、舌の苔を取ったり、爪楊枝のように使っていたのです。
お弟子さんがお釈迦さまの教えを書き遺した、お坊さんの生活ルール「律」には、この歯木について驚くほど細かい規定が記されているのですよ。
どんなことが書かれているのですか?
「使える木の種類」「適正な長さ」から「使い方」「磨いたあとの手入れの方法」まで決められています。仏教において歯を磨いて口を清めることは単に「虫歯を防ぐ」「マナーを大切にする」といったことだけではなく、「身体や口の中を清浄に保つことは、心を整え、健康を保つための僧侶の基本」だとお釈迦さまが考えられたからです。
毎日何気なく歯磨きをしていますが、そんな深い意味があったなんて驚きです。確かに身だしなみやお口のケアを雑に扱う人は、心も雑になりがちです。毎朝毎晩、丁寧に歯を磨くひとときは、汚れと一緒に心の垢、けがれをそぎ落とす尊い時間なのですね。でも、「歯木」は大昔の話で、現代のお坊さんは普通の歯ブラシを使っていますよね(笑)
普段の歯磨きは当然現代の歯ブラシですが……実は、私たち真言宗ではある重要な儀式の法具として、今でも実物の「歯木」を使っているのです。
えええっ!? この令和の時代にですか!
実物をお見せしましょう。こちらです。
これが現代にも伝わる歯木! 木の枝の先に葉っぱが結びつけられていますね。これをどう使うのですか?
修行を終えた僧侶が「阿闍梨(あじゃり)」という密教僧に正式になるための非常に厳粛な儀式「伝法灌頂(でんぽうかんじょう)」で使います。まず、右の歯でこの歯木を噛み、その後「煩悩を砕け! 煩悩を砕け!」と心で唱えながら目の前の敷物に突き刺し、水で口を清めます。つまり浄化の象徴として儀式の中で用いるのです。
また、密教では師と向かい合う際、歯や口の中の汚れが見えたり、息を吹きかけないよう紙のマスクのような覆面をつけたり、大切な法要などの前には、この「丁子(ちょうじ/クローブ)」という香辛料を口に含んで清めたりもします。
「口を清める」ということは、密教において単なる衛生管理を超えた、身心を浄化するための聖なる儀式にも通じるのですよ。
仏教と歯科医療の共通点
お話を聞けば聞くほど、仏教とお口のケアの深い関係に感動します。
仏教には「抜苦与楽(ばっくよらく=苦しみを取り除き、楽・喜びを与える)」という教えがありますよね。私も、「歯の痛みで苦しむ人を救い(抜苦)、一生おいしく食べて笑顔で暮らせる幸せを提供したい(与楽)」という気持ちで活動しています。まさに同じ志ですね!
素晴らしい共通点ですね。仏像の手の形(印相)を見たことがありますか?
右手を挙げて手のひらを向けた「施無畏印(せむいいん)」は不安や痛みの恐れを取り除く「抜苦」、左手を下ろした「与願印(よがんいん)」は願いを叶え喜びを与える「与楽」という仏さまの慈悲の心を表しています。
激しい歯痛を取り除き、再び食べる喜びを取り戻してくれる歯医者さんは、患者さんにとっては薬師如来さまと同じ、まさに「現実世界に現れた仏さま」といえるかもしれませんね。
身が引き締まる思いです! 日本歯科医師会では「病気を治す」だけでなく、「病気にならないよう予防する」ことの大切さを伝えています。歯科医院は痛みを取る場所であると同時に、歯の正しい手入れ方法を学ぶ「学びの場」であってほしいとも思っています。
学びの場とは、良い表現ですね。空海弘法大師も、日本で初めて庶民に開かれた学校「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)」をつくられました。
自分自身の体と向き合い、健康を守るための知識を得ることは、確かに自分を高めるための素晴らしい「現代の修行・学び」といえますね。
日本歯科医師会では世の人々へ「歯科検診を定期的に受けてください」とことあるごとに伝えています。予防歯科ではご家庭での「セルフケア」と同時に、歯科医院での「プロフェッショナルケア」を受けていただくことが重要です。毎日の歯磨きだけでは、すべての歯垢を取り除くことは難しく、歯石になると歯ブラシでは除去できないからです。歯科医師や歯科衛生士から正しい口腔ケアの方法を学ぶと、家での歯磨きの質も大きく変わります。
「笑顔」は誰でもできる最高のお布施
それに、お口の健康を守ることは、病気を防ぐだけでなく、素敵な「笑顔」をつくることにもつながります。 ちなみに日本歯科医師会では、今年最も笑顔が輝いている著名人を表彰する「ベストスマイル・オブ・ザ・イヤー」というイベントを毎年開催しているのですよ。
確かに、健康的できれいな歯は素敵な笑顔をもたらしてくれますね。仏教にも笑顔の大切さを説いた「和顔施(わがんせ)」という言葉があります。
「お布施」というと金品を想像されがちですが、実は「お金がなくても誰でもできる7つの素晴らしいお布施(無財の七施)」があります。その筆頭が「和顔施」——「笑顔を人に施すこと」です。
笑顔を見せるだけで、お布施になるのですか!?
ええ。温かい笑顔は、接する人の心を和ませ、幸せにします。周りを明るく照らす最高の行いなのです。
ですが、歯が痛かったり口元に自信がなかったりすると、心からの笑顔はつくれませんよね。だからこそ、しっかりお口のケアをして健康な歯を保つことは、自分自身を大切にし、周りの人に「和顔施」、最高の笑顔を届けるための第一歩といえますね。
「歯を磨いて健康なお口を保つことが、みんなを幸せにする笑顔、つまりお布施になる」というお話で、私たちの啓発活動にものすごい勇気をいただけました!
日本歯科医師会が推進している「8020(ハチマルニイマル)運動(80歳になっても20本以上自分の歯を保とうという取り組み)」も、単に「歯を残す」ことだけが目的ではありません。「生涯、自分の歯で食べる歓びを味わい、心豊かに生きてほしい」という願いが込められています。仏教では「智慧(=気づき)」が重要とされていますが、病気になってから治すのでなく、未然に病を防ぎ心身を健康に保つ「予防」も大切な智慧の一つですね。
まさにその通りです。仏教には自らを高めると同時に他者を幸せにする「自利利他(じりりた)」という教えもあります。「8020運動」や予防歯科の実践は、全身の健康を保つことで自分も家族など周囲の人も幸せにするという意味で、まさに「自利利他」そのものです。
東寺は約1200年もの間、人々の病が癒され、健康で平穏に過ごせるようにとお坊さんたちが激しい修行を重ね、祈りをささげてきた場所です。昔は病の原理がわからず、祈るしかない時代もありました。しかし現代では医学が進歩しました。今は歯科医師をはじめとする歯科医療従事者の皆さんが持つ「医学という高度な技術」によって多くの人々の病を治し、癒やしています。
約2500年前のお釈迦さまから始まり、現在まで脈々と伝えられている「人々の苦しみを救い、喜び・幸せを与える」という教え。皆さんはその壮大な大河のバトンをしっかりと受け取って「抜苦与楽」を実践されているといっていいでしょう。
はい! なんと有難いお言葉でしょう。 長い歴史と文化の上に立ち、人々の命と人生を支えているのですね。私も、日本歯科医師会の先生方とともに、自分の仕事に深い誇りを持って、これからも多くの人々の健康に寄り添っていきたいと思います。
本日は勇気が湧く、本当に素晴らしいお話をありがとうございました。
こちらこそ、お逢いできて嬉しかったですよ。よ坊さんのような親しみやすい存在が歯の大切さを伝えるのは、素晴らしいことです。20周年を機に、よ坊さんの魅力がもっと多くの方に届くことを応援しています。
大先輩からの温かいエールを胸に、これからも笑顔とお口の健康のために修行に励みます!